東京地方裁判所 昭和48年(行ウ)128号 判決 1976年2月17日
東京都文京区千石三丁目二五番二号
原告
高安きみ子
右訴訟代理人弁護士
近藤與一
同
近藤博
同
近藤誠
東京都文京区春日一丁目四番五号
被告
小石川税務署長
藤沢保太郎
右指定代理人
渡辺等
同
丸森三郎
同
石井寛忠
同
磯部喜久男
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1. 被告が昭和四六年九月一六日付をもって原告に対してした昭和四四年分の贈与税決定処分及び無申告加算税賦課決定処分を取消す。
2. 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1. 被告は、昭和四六年九月一六日原告に対し課税価格四、二三六、三九一円、税額一、二八一、二〇〇円として原告の昭和四四年分の贈与税決定、及び無申告加算税一二八、一〇〇円の賦課決定の各処分をした。原告は、右の本件課税処分に対し適法な異議申立手続を経たうえ、昭和四七年一月一八日国税不服審判所長に対して審査請求をしたところ、昭和四八年九月八日原処分を一部取消し、課税価格三、八三九、八六五円、贈与税額一、一〇二、五五〇円、無申告加算税一一〇、二〇〇円とする旨の裁決がされた。
2. しかし、原告は本件課税処分がされるべき贈与を受けたことがなく、被告の本件処分には事実を誤認した違法があるから、その取消しを求める。
二 被告の認否及び主張
1. 請求原因1.の事実は認め、2.の主張は争う。
2. 本件課税処分の根拠は次のとおりである。
(一) 原告の夫である高安安寿は、原告所有の建物(東京都文京区千石三丁目一八番地三に所在する木造木羽葺平家建四九・五八平方メートル)の増改築工事を代金四、二三六、三九一円の約で建築請負業者の本間兼治に施行させ、昭和四四年五月頃竣工したが、右代金は、安寿が本間と協議の上四、二〇〇、〇〇〇円に減額したうえ安寿において負担して支払った。その後昭和四五年四月二日に右増改築後の建物(木造瓦葺二階建一七六・八九平方メートル、二階六四・一二平方メートル)は原告名義で、増築を原因として変更登記され原告の所有となったものであるが、原告は右工事代金に相当する金員等を安寿に対し何ら支払っていない。
(二) 原告は、対価を支払わないで、右増改築工事のなされた建物の増改築部分の所有権を取得したのであるから、右増改築工事によって、原告の財産が増加したことになるわけであり、従って、原告は、税法上これによって受けた経済的な利益を、安寿から贈与により取得したとみなされる(相続税法九条本文参照)。
そして、右利益の価額は、右増改築工事代金として現実に支払った代金額が前記のとおり四、二〇〇、〇〇〇円ではあるけれども、減額により原告の取得した経済的価値が変るわけのものではないから、減額前の契約金額四、二三六、三九一円と評価すべきである。
(三) 従って、原告の贈与税の課税価格は、工事代金の契約金額四、二三六、三九一円であり、仮りに前記減額後の四、二〇〇、〇〇〇円であるとしても、本件課税処分の課税価格は、原告主張のとおり国税不服審判所長の裁決により三、八三九、八六五円に減額されているので、本件処分には何ら違法が存しない。
三 被告の主張に対する原告の認否及び反論
1. 被告の主張(一)記載の事実は認め、同(二)、(三)記載の主張は争う。
2. 本件課税処分は、次の理由によって違法である。
(一) 原告は、本件建物の増改築部分につき安寿と贈与契約をしたことはない。即ち安寿は、法律事務所として長年賃借していたビルの一室を貸主に明渡しせざるをえないことになり、原告ら夫婦の居住家屋である本件建物の一部を利用して右業務を継続する必要が生じたため、急遽本件建物を増改築したのであって、なるほど、右増改築部分は民法二四二条所定の附合により主たる建物の所有者である原告がその所有権を取得したことは否めないが、安寿が原告に右増改築部分を贈与する意思もなければ、原告の側においても受贈の意思もない。
従って、原告ら夫婦間に贈与契約がないにも拘わらず原告に対し課税した被告の本件課税処分は違法である。
(二) 原告は、本件建物の増改築部分の所有権を取得したといっても、これと同時に安寿に対し右増改築部分相当額につき不当利益の返還義務を負い(民法二四八条、七〇三条)、右義務はまだ放棄等によって消滅していないので、原告は安寿から経済的な利益を無償で受けたものとはいえない。のみならず、前記のとおり、安寿は弁護士として本件建物の増改築部分を法律事務所として使用占有しているので、原告に対し直ちに右増改築部分相当額の償還請求をしないというだけで、高令の安寿が弁護士業務を廃業することにでもなれば、無収入となるので、いつでも右償還請求権を行使すべき余地はあるのである。
従って、これらの事情を無視して、原告が無償で本件建物の増改築部分の所有権を取得し、これに相当する経済的な利益を受けたとし、これを贈与とみなして課税した被告の本件課税処分は違法である。
(三) 婚姻継続中の夫婦というのは、一個の共同体と考えるべきであるから、婚姻の継続中、夫婦間に、経済的利益の変動が生じても、その都度当該利益につき権利義務の帰属を問題とするのは不合理であり、婚姻が終了した時点で、初めて夫婦のいずれか一方に権利義務が確定的に帰属するものとすべきである。従って夫婦間の共同生活中の一時点を把えて金銭的価値が一方から他方に移動したからといって、その都度、経済的利益を取得したとしてこれを贈与とみなし、課税するのは煩雑であるばかりでなく、右経済的利益の変動と同時に、これに伴う費用償還、不当利得返還義務の生じていることる無視するものであり、不公平、不平等な取扱いをすることになるから、本件課税処分は違法というべきであろう。
五 原告の反論に対する被告の再反論
原告の反論はすべて争う。殊に、同反論(二)について敷衍すると、原告は無職であり、夫の安寿の収入により生活しているので安寿が償還請求を実行する意思があるとは解せられないし、このような場合に償還請求権があることをもって贈与でないとするのは、社会一般の通念からみて相当でない。
第三証拠
一 原告
1. 甲第一、二号証
2. 乙第一号証の原告の存在及び成立は認める。
二 被告
1. 乙第一号証
2. 甲第一、二号証の成立は認める。
理由
一 請求原因1の本件課税処分の経緯及び被告主張2の本件課税処分の根拠のうち(一)の事実は、当事者間に争いがない。
右(一)の事実によると、原告は、附合によって増改築部分の所有権を取得し、増改築工事について何ら対価を支払っていないのであるから、相続税法九条の適用を受けるべき場合に当り、増加した資産に相当する経済的利益を安寿から贈与により受けたものとみなされるべきである。
しかして、同条の適用上、右利益の価額について、これを原告が自己の負担で増改築を行なえば要したであろう工事代金相当額と解しようと、また増改築による建物評価の増加額と解しようと、いずれにせよ右価額は証拠上、国税不服審判所長の裁決額三、八三九、八六五円を下るものとは認められず、また右額を減額すべき格別の事由も認められない。
二 そこで、進んで原告主張の本件課税処分の違法理由の存否について判断する。
1 違法理由(一)について
相続税法九条は、対価を支払わないで利益を受けた場合は、贈与の意思の有無に拘わらず、当該利益に相当する金額を、当該利益を受けさせた者から、贈与により取得したものとみなす旨を規定している。
右規定の趣旨は、私法上の贈与契約によつて財産を取得したのではないが、贈与と同じような実質を有する場合に、贈与の意思がなければ贈与税を課税することができないとするならば、課税の公平を失することになるので、この不合理を補うために、実質的に対価を支払わないで経済的利益を受けた場合においては、贈与契約の有無に拘わらず贈与に因り取得したものとみなし、これを課税財産として贈与税を課税することとしたものであるから、本件課税処分が同条による適法なものであることは前示のとおりである。原告の違法理由(一)の主張はその前提を誤つているものであつて理由がない。
2 違法理由(二)について
本件弁論の全趣旨によれば、原告は無職であつて夫の安寿の収入によつて生活しているものであり、それ故にこそ安寿が費用を負担して増改築工事をしたものであることが認められるから、原告の主張するような事情を加味してみても安寿がいまさら償還請求権を行使するものとは社会通念上到底認められない。従つて、法律上償還請求権が成立するとしても、これをもつて、対価を支払つた場合に当るとして相続税法の前記規定の適用を排除すべき理由とはならないものというべきである。原告の違法理由(二)の主張も理由がない。
3 違法理由(三)について
民法は、夫婦別産制を原則とし、夫婦の一方が婚姻前から有する財産及び婚姻中に自己の名で得た財産は各自の所有とされ、夫婦のいずれに属するか明らかでない場合に共有に属するものと推定する、としている(民法七六二条)。ところで増改築前の本件建物が原告の特有財産であること、増築部分が附合により原告に属したことは前述のとおりであり、もとより、増改築部分は独立の取引の対象とならないから、右部分に関して共有ということも考えられず、また変更登記も了しているのであつて、増改築後の本件建物全体に関し名義人である原告の特有財産と解すべきであることはいうまでもなく、従つて、夫の行為によるものであるからといつて原告が附合によつて増築部分の所有権を取得したことを否定することはもとよりできない。
しかして、婚姻継続中の夫婦を一個の共同体と考えるべきものとしても、相続税法九条に関し同法が夫婦間の行為について特段の定めもしていない以上、婚姻中の夫婦の間においても、民法の規定に則つて経済的な利益の変動があると認められれば同条の適用を受け、これを贈与とみなし課税することができると解するよりほかにないものというべきである。原告の主張する費用償還等の問題などは個々の事案の具体的事実関係に応じて考慮すれば足りることであつて、右のように解したからといつて課税上、格別不公平、不平等を来たす謂れはない。
原告の違法理由(三)の主張も理由がない。
四 以上のとおりであつて、本件課税処分には違法は存しないから、原告の本訴請求は失当としてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 内藤正久 裁判官 山下薫 裁判官 飯村敏明)